スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

君が居た夏から始まって恥かいてサンキュー

夏の恩恵を受けた私。

海辺の町に住む同級生Hちゃんの家に、仲間と一緒に足繁く泊まりに行っていたあの頃。
昼は海で泳ぎ、夕方はカキやウニをその場で焼いて食べ、Hちゃんのお母さんの作るじゃこの美味さに感動し、自分達以外に浜には誰も居ない、夕日も水平線も私達の物、という贅沢が当たり前の素敵な日々だった。

そんなある日 Hちゃんが、同い年だが私達とは別の高校に通う従兄弟を紹介してくれた。
ちょっと不良っぽいけど優しい物腰で綺麗な顔立ちのT君は、すぐに私達のアイドルになった。

その次の週から、お泊まりの目的はT君を見に行く事、という確固とした目標も定まり、
気合いも今までとは段違い、私達はキラキラしていたと思う。
いや、ギラギラしていたと思う。
大人になってやっと、「がっつくと外す。」という事を解っているが、今も昔も直球勝負の私。
多分、相当、直球を投げていたと思う。

(そう言えば先日、友人と、「告白した事があるか?」という、話をしていた処、
「私は、告白させるように仕向ける。」と言っていたが、あれは相当かっこよかった。脱帽。)

そんな私の直球が、ほんの少しストライクゾーンに当たったらしく、
夢の様な夏休みが終わっても、Hちゃんの計らいでT君と連絡を取る事が出来るようになっていた。

そんな中、私の通う高校の文化祭が近づいて、体育館でやる「軽音楽同好会」の、(と言っても、
軽音楽同好会は文化祭と卒業生を送る会の時だけに、それぞれのバンドが名乗りを挙げるだけで、部室も無ければ普段の活動も全く無いのだが。)発表会、つまり、ライブなのですが、私ももれなく出場する事になり、練習に明け暮れても居ない毎日、緩い日々を過ごす中で、そうだ、T君に見に来てもらおうという事を思いついた。
当時は根拠の無い自信に満ちあふれていた。

その日から、急に練習に明け暮れ、ライブに向けてバンドメンバーと共に粉骨砕身する日々を送り、途中、メンバー同士の諍いなどもあり、ああ、青春だな~、面倒臭ぇな~、などと思いつつ、なんとかバンドもまとまりつつ、本番を迎えた。

当日、T君は遠い所を一人でやって来てくれ、そして私はここぞとばかりに張り切り、恥ずかしいくらいに張り切り、校内を一通り案内し、体育館へと連れて行ったのだが、いつもならあぐらをかいて座る私もさすがに女の子座り、頭にはリボンを巻き、ひらひらのスカートで、おちょぼ口で粘り気のある汗をかきながら一生懸命、そう、恥ずかしいくらいに一生懸命、T君をもてなした。

いよいよ私らの順番が来たので、毛穴から血が噴き出しそうなくらい心臓をバタつかせながらステージに上がった私。
ステージの前にはずらっと後輩や同級生の女の子ばかりが集まり、男子は端っこにほんの少し。
あれ?おかしくね?
と思いはしたけれど、元々男子よりは女子との交流が多かったので、それはもう仕方ない。
私は、ドラムの前に置いてあった金色のマイクを握りしめ、
喉が切れるくらい張り切って歌った。

T君、しっかり耳をかっぽじってよく聞いててね、私、今日、あなたの為にこれを歌うわ!
「会いに~来てっ、アイニーヂューっ!」
以前から申します通り、ゴーバンズなので、会いにきてI NEED YOUを歌った私。
アンダ-30くらいだとご存知無いかと思いますが、当時は旬な曲でした。

ステージ前は女子のいい香りでぷんぷん揉みくちゃになり、「りっちゃんセンパーイ!」、「おきもー」の黄色い声。

ああ、私の青春の一ペイジが今日また燃え尽きて行く。。
グッバイ、3年生でただ一度きりの今日の日。

興奮冷めやらぬ状況ではあるけれど、お開きの時間はやってきます。

祭りの後の寂しさを抱えながら、私はT君の元に戻った。

どうだった?と照れながら聞いた私にT君は私が一番欲しかった褒め言葉をくれた。

のだが、、、。
でもね、何やってるのかマイクがガチャガチャなってて、全然聞こえなかったよ。

私はその当時、機材の事、マイクの性能、適正について全く興味を持っておらなかったので知る由もなく、私が握った金のマイクは、ドラムの集音用マイクだった。

集音用マイクに口をおもいっきり近づけて大声を出せばそりゃ割れるわね、ハウるわね、PA泣かせだったわよね。お手上げよね。PAのお兄さん、ごめんなさい。
これからは、「私が落としたのは金の斧です。」なんて事を言わずに、正直に鉄の斧を手にしようと思います。

その日の後の事は、そのショックで覚えていないのだが、
それからもT君とは遊びに行ったり来たりと仲良くしていたので、
ショックのあまりに「帰れ!」なんて無作法な事はしなかったんだと思う。

あの日、T君が正直に教えてくれたおかげで、私は大人になって後、マイクの性能に興味を持つ事ができ、自分の声に合ったマイマイクを持つ事になり、ひいてはサウンドデザイナーの企画「マイク性能テスト」という記事にて実験台を務めたりも出来た訳です。
あの日のあの一言が私の肉になっております。
ありがとう、T君。















スポンサーサイト

繋ぎたいから繋がる縁ばかり

「シェリーちゃんはさ、クラッシュとピストルズ、どっち派?」
運転席でハンドルを繰りながら、彼女は唐突な質問を投げかけた。

「う~ん、やっぱり、クラッシュやろ。」

「じゃあさ、クールスとキャロルやったらどっち好き?」

「う~ん、どっちも別に好きやないけど、全体のイメージから言うと、キャロルの方が骨太な感じするな。」

20歳過ぎた女子の会話。
中学生で終わらせておけよ、という内容の話を、出会うのが少しおくれた二人の女の子が
犀川に沿った道をあても無く自動車を走らせながら交わしていた。
しかも、私のリーバイスの尻ポケットにはハーレーの皮財布が入っており、
何が目的なのかよく解りかねるちょっとしたロックンローラーにかぶれかけたヤツ丸出しで。

本当のパンクスにこの話を聞かれていたら、そんなヤツがクラッシュを語るな、と、さぞ白い目で見られていた事だろう。

私を「シェリーちゃん」と呼ぶこの彼女は、私より一才年上の歌の上手いお洒落ガールだった。
私よりもより音楽に傾倒していて、センスも良く、ちょっと皮肉を含んだ物言いと、
隠し切れない完璧なまでの上から目線、痛みを知っている優しさを持っていた。

そんな彼女と知り合ったのは初めてプロとして人前で歌ったあの日の事だった。
彼女は私に興味を持ったらしく声をかけてきた。
人見知りの私がまだ壁を作っているにも関わらず、彼女はノーガードで
私の守備範囲に入り込んで来た。
まだそんなに親しくなってなかったある日の事、
「ウチの作るオイキムチが美味いんや。」と言って、オイキムチとごぼうの辛い総菜を作って来てくれた。
アパートに帰り、透明のパックに入ったオイキムチとごぼうを目の前に広げ、
初めて見る食い物に、恐る恐る手を付けてみた。

辛ぇ、。
世界は広いぜ。

「オイキムチ」という単語を知ったのは彼女のおかげで、それ以降、焼き肉屋等で「オイキムチ」という単語を見ると必ずこの日の事を思い出し、そして、オイキムチを注文する。

そんな風に、人の懐にどかどか入って来るもんだから、自然と仲良くなって来たある日、
「おい~、~~~へ行こうぜ~。」(どこに行こうとしたのかは忘れた。残念。)
と私が言うと、
「言葉の最後に『ぜ』を付ける人、漫画の中でしか見た事無いわ。」と驚いていた。

な、世界は広いやろ。『ぜ』を自然に使いこなす人もおるんやぞ。と、思ったけれど、
それ以来、『ぜ』を使うのがちょっと恥ずかしい気がして使わなかった時期があった。

彼女とはコンビニ弁当を食べながら車の中から桜を見たり、通りすがりの薬局に置いてあったサトちゃんの置物を「布団干すのにええわ~。」と言ってちょっと借りて来たり、どういう理由だったかは忘れたが「チマチョゴリを着せてやる。」と言って、メイクと着付けして写真を撮ってくれたり。
そう言えば、めちゃくちゃ似合ってたな、チマチョゴリ。自分で言うのも何だけど。
実家の焼き肉屋に連れて行ってくれたり、今思えば、たくさんの大切な事を与えて貰ってばかりだった気がする。
あの頃私は一体、彼女に何をしてあげただろう。。

そして、私がいよいよ体を壊し、残り一ヶ月で仕事を辞めしばらく実家に帰ると決まってから、
彼女は私のアパートに住み始めた。

会社の借りているアパートなので、引き継いで住む事にしたという。

一つ布団で一緒に寝る生活。
同じ生活ペースなので問題は無いし、この土地で唯一見つけた気の合う友達と最後の一ヶ月を過ごすのが嬉しくはあったのだが、一つだけ私にとっては大きな大きな問題があった。

彼女はレコードプレイヤーを嫁入り道具のように、部屋に持ち込んだ。
それがいけない。

毎晩毎晩、「さ、寝ようか」と言って、枕元にセッティングしたプレイヤーでレコードに針を落とす。

基本的に今では耳栓愛好家、少しの音でも眠れない神経質な私が、寝る時に音楽を聴く等もっての他で、彼女が寝付くまで私は眠れず、起きていなければいけない。

悪い事に彼女の選曲は、毎晩、毎晩、毎晩、毎晩、、、、、ああ、、、思い出しても気が狂いそうになるのだが、毎晩、
「やっぱり、ヒデキはサイコーやわ。ヒデキはええわー。」と、本当に毎晩、西城秀樹をかけた。

ヒデキは確かにサイコーだし、ええと思うけど、どちらかと言えば寝起きに元気に聞きたい選曲。
寝る前に枕元でヒデキ。

ヒデキを見る度、この頃の事を思い出します。

反省して下さい。


思い出ちょろちょろ

どうも近頃物忘れがひどい。
ちょっと新しい知識や情報を取り入れると、古い情報は削除されて行くらしい。
酷い事に、英語の歌詞に至っては、脳からは入って来ない。
体で覚えるしかない。昔はこんなではなかった。。
わりとすらすら覚えられていたのに。
どれだけ許容量が小さいんだ、私の脳は。。何ギガ?

と、言う事で、皆様には申し訳ありませんが、かなり私的な理由で過去の思い出を思い出した時に綴っておきたいと思います。
特に興味の無い方は、気分を悪くなされると申し分けないので、違う人の所にサーフィンして下さい。



寒くなって来ると思い出すのが、金沢の町並み、金色に染まった国立の朝、、。え?今んとこそれだけ?そりゃ酷い。

金沢に住んでいた頃の冬は、そりゃもう尋常ではない寒さだった。
高知育ちの私に北陸の友達が最初から居る訳も無く、あちらで知り合った友達もほんの少し、
知らない土地で夜中に怖い目に合ったり、体育界系のノリに付いていけなかったり、
思った事を上から目線ですぐに口に出してしまう私を生意気だと嫌う人も少なからず、孤立する私を見るバンドのメンバーやスタッフには心配をかけ、それでも自分は悪くないと思い込み、今思えば、過去に戻って説教の一つもしてやりたくなるくらいケツの青い事甚だしく。
そりゃ、そんな人間が心も体も温まる訳が無く、人一倍寒さを感じていたのだと思う。

そんな冬の最中、いつものようにステージを終え、雪の夜道をサクサク一人帰り、アパートに辿り着き、部屋に入ってストーブを点けた時に留守電が入っている事に気が付いた。
当時は携帯電話は一般的ではなく、家電話がまだ幅を効かせており不在の際の連絡手段は留守電が頼りだった。

留守電から聞こえて来た声は、聞いた事のある様な懐かしい様な声。
学生時代のクラスメイトからだった。
彼とは学校で言葉を交わす事はあったけれど、プライベートまで親しくはしていなかったので、卒業して二年程経った今、何事かしらと思い、留守電に吹き込まれていた番号に電話をしてみた。

話に依ると彼は、思うところがあって、私の幼なじみから連絡先を聞き、金沢にまで電話をして来たと言う事らしかった。
そして、もうすぐ私の誕生日なので、何かプレゼントをしたいと言う。

ここまで書いておけば、これからどれだけ脳が朽ちて行こうとも、自分にはもう事情が思い出せるはずなので、多分、なので、詳しい事は割愛しておきつつ、、

いらないと断っていたのだが、純朴な彼は自分の気が収まらないからとりあえず、何か、何でもいいので、欲しい物を一つ言ってくれと言い、
そして私はこの時に、多分、彼の期待を裏切ったのだと思う。

こたつ。

意を決して電話した相手に、「こたつくれ。」と言われたら、女性に夢を描く男子はきっと失望するでしょう。
男子を失望させるのが、昔から私の得意技ではあるのだけれど、きっと彼は、そんな女に免疫が無かったのだと思う。
これは多少大人になった私が推測するだけなのだが、彼はもっと女の子らしい、
「ネックレス」とか、「バッグ」とか、「ぬいぐるみ」とか、ああ、哀しいかな他に思い当たらない、、
そういう答えを期待していたのだと思う。
彼は私が「ああ、毎日寒いなあ。」と思って暮らしているなんて事は、露ほども知らない訳で、
風の噂で聞くだろう私の職業、「歌手」という響きは言葉だけで聞くと華やかなイメージだろうし、欲しい物と言われれば、
華やかな物を言うのだと決めつけていたのかもしれない。
申し訳ないと思うけれど、私の学生時代を見ていれば、「こたつ」とか言いそうな事くらいは見えなかったのかな、、見えるだろう、、いや、意外とそんな面までは見えないのかな、、見といてよ、、。とも思ったりするのだけれど。

以後、誕生日前に一度だけ、ほんとにこたつでいいのか?という確認の電話が来てから、彼から何の音沙汰も無く、未だに私はこたつを部屋に置いた事がありません。







チョコ。

先日のバレンタインフィーバー。
皆様、いかがお過ごしでしたでしょうかいな?

照れ屋がエスカレートして天の邪鬼になってしまった私も、
チョコを渡す場面もあるにはある訳で、少なくはありますが世間の祭りに便乗してみました。

それはそうと、私はチョコが大好きです。
戸棚にチョコが無くなると、今日一日を無事に過ごせるかどうかすら不安になるくらいに。

そんな性質ですから、この時期、バレンタインという行事に浮かれている男子を見ていると、羨ましくて仕方ありません。
自らチョコを差し出すこの手で、その場で包みを破り、うきゃうきゃと笑いながら中身を食べてしまいたい衝動を抑えているのです。
そんな精神的犠牲を払ってまで成し遂げるお祭りの後には、この世は持ちつ持たれつ、「人という字は人と人とが支え合う」との坂本金八先生の言葉通り、お返しの日が来るのですが。。

女子の祭りはホワイトデー。
ホワイトデーはホワイトチョコではなく、なぜか、キャンディやクッキーやマシュマロ。
意味が分かりません。
バレンタインに茶色いチョコなら、ホワイトデーに白いチョコ、若しくはかあいらしい苺チョコでいいじゃない。
何故、クッキー?マシュマロ?キャンディ?アメ?飴?金太郎飴?

毎年そんな理不尽に疑問を感じつつ過ごしております。

ところで、この不公平な世の中には本当にモテる人も居まして、
そんな人がたまたま近くに居ると幸運な事に、彼のファンの人がついでにと私にも義理チョコをくれたり、そうでなくてもおこぼれを貰える機会が巡って来ます。

「今年は50個以上貰ったので食べきれないから」、と、お裾分けしている彼に、私もお裾分けをいただきました。
「手作りの心のこもった物や、きちんとメッセージカードの入った物はあげられないから(こういう所が彼のモテる原因だと思われます。)、市販の物になるけどいい?」という事で、自分では勿体なくて買わないような敷居の高いチョコを数個持ち帰る事に。

逆に言うと、手作りチョコや、メッセージカードを心を込めて書いてみると、
例えチョコがあまり好きでない意中の人にも、ちゃんと食べてもらえるという事ですね。
なるほど。

やっぱり、世の中「気持ち」が大切なんだなぁ、、と、彼から貰ったお金のかかったチョコを食べながら考えた私でございますが、「ホワイトデーがチョコじゃないのは理不尽だ」などと、ホワイトデーにお返しをくれる相手のお礼の気持ちを考えずに不平不満を漏らしている自分の卑しさを思うと、なんだかいたたまれなく、悲しいような気がして来るのでした。




手に入らない恋を諦める方法。

タイトルを見て期待してしまった方には申し訳ないが、「手に入らない恋のお相手」というのは人間ではありませんので、最初に述べておきます。
読んだ後に「ちぇっ、期待させやがって、結局こんなオチかよ。」と不快に思われるのは不本意であります故。

矢吹丈、アルバートさん、宗方コーチ、カイルムルシリ、オスカル、アンドレ、、、、私を虜にした沢山の漫画の中の男達。(男装含む)
漫画を何度も何度も読み返して、読めば読む程に恋心は募り、他の女性の物になってしまう運命だとか、終には死んで行ってしまうと分っている男を愛してしまい、どうしようもない程に人生の苦さ辛さを味わって来た。

私のブレーンの中で、彼らは実際に生きている男性であり、私の感情を際限なく揺り動かす存在なのだけれど、だけどね、目を覚まして、私、、。
彼らは人間の作り出した想像上の人物なのよ。

わかっているわ、わかっているけど、どうしようもないの、彼が好きなのっっっっっ!!!!


恋は、理屈や理性を超越した脳の回路のいたずらなので、漫画の登場人物に恋してしまうという事これ、仕方の無い事だと私は思います。

そんな私でありますが、
以前、矢吹君に恋をしてしまった時、白木陽子に嫉妬を掻き立てられながら、やはり最後には一人死んで行く彼を思いながらこの恋を諦めてしまう決心をした。

何枚も何枚も彼のイラストを書き続けた。
何日もその作業は続いたように思う。

そして自分の書いてみた彼の姿を眺めていると、絶妙な具合にデッサンが狂っているので、そこに描かれた彼に魂は無く、ただのイラストでしかなかった。

その瞬間、やっと目が覚めて「あ、これ、漫画だ。」と気がつく事ができたのである。

思い込みの激しい、妄想癖の度を超えている自分は、何度この方法でどうしても手に入らない恋を諦めてきた事か、数えきれません。

人にはそれぞれ折り合いの付け方というのがあります。


プロフィール

りこ

  • Author:りこ
  • 12月24日生 山羊座のO型 高知県四万十市出身
    趣味の登山の話や日々考えた事やあった事なんかを、等身大で書き留めていく感じでやっていきたいと思います。
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。