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あと25年くらい早く産まれたかった。

あなたは還暦を迎えた。

25年、くらい、、私が早く産まれていればあなたと同じ時代を生きられたのに。
あぁ、、悔しい。

伊達でセクシーな男の人に魅力を感じてしまうのは、
その中にどこか頼りなく、傷つき易いデリケートな影が見えるからかしら。
側に誰か居なければ、この人はダメになってしまうかも、という危うさ。

ああ、毎日毎日あなたの若き日の姿を見ては、私は心ときめかせているのです。



ジュリーぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!

ジュリー

ジュリーぃぃぃぃ!



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全くのひとりごち

1/低い音


子供の頃、ルパン3世の曲や、太陽に吠えろの挿入曲が大好きだった。
特に、「太陽~」の、聞き込み捜査のシーンで流れる、
どぇえんどぇえんどぇえんどぇええんという、低い音が好きだった。
今思えばあれはウッドベースの音だった。


2/のび太が家出をした。

昨日のドラえもんの話。
家出をしたのび太は無人島で暮らし、10年経ってやっとドラえもんに探し出され、
再会を果たしたが、すっかり大人になってしまっていた。
大人になったのび太をドラえもんは家に連れ帰り、タイム風呂敷に包んだ。
そして、タイムマシンに乗って過去へ帰り、家出をした日の自分と入れ替われと言う。

そうすると、実際、過去ののび太は家出をしてしまう訳で。

「風呂敷のび太」がその後何も無かったかのように子供時代を平穏に過ごし、
そうすると、「風呂敷のび太」が大人になった時、入れ替わりに家出を決行した無人島帰りののび太がまたあらわれるのか?

否、、ドラえもんはそののび太を無人島に探しにはいかないだろう。
だって、何事も無いようにのび太をすげ替えたんだから。
そうすると、やはり、家出したのび太の方は永遠に無人島に。。。
どちらも本当ののび太なんだけれども、

もう一人ののび太が孤独な無人島生活をしている。
もう一人の私が、どこかで孤独な無人島生活をしているとしたら、、。

怖い、怖くてご飯が喉を通らない。

息子はそのストーリーに涙して感動していた。
風呂敷によって子供に戻ったのび太が両親や周り人々の大切さを知り、泣いて喜んでいた。

息子も涙で潤んだ目がきらきらしていた。

これ以上、息子の前で私の疑問を深く掘り下げて話し合うのはやめておこう。
いいじゃないか、素直に感動しているんだから。

だけど、もう一人ののび太が、自分がどこかで、、。

また怖くなって来た。えーん。


10ヶ月ぶりと指摘されましたが。

ライブを終えてまだ夢見心地な割りには、あまりの楽しさに興奮し朝まで眠れず、
せっかく寝付いて見た夢が、自分はキムタクの情婦で、「伊達にモテて来た男じゃないからね~。あなたってほんとに素敵。」と、高校の先生達の前で腕を組みいちゃいちゃするという、なんとも破廉恥で面の皮の厚い話であいすみません。


まず、昨日のライブに来て頂いた方々にお礼を申し上げます。
東大和「空」cooでのライブも何回目になるのかは、ピアノの竹内君に聞いてみないと分らないのですが、毎回足を運んで聴きに来て下さる皆様のお陰で自分にとっても大切な時間を作り上げる事ができました。

初めの頃は、ラウンジでの雑踏慣れしていた私は、じっと耳を傾けてくれるお客さんの前で歌うのがなんともこっ恥ずかしく、自信も無く、音楽以外の事に気を取られ、意識が散漫になってしまっていることもあったのですが、やっとその状況(聞いてくれているという状況)に慣れて来て、自信が無いならつければいい、ライブの中で一番大事な物は何か、それをどうやって保ちながら歌うか、その為にライブ前にどう気持ちを持って行くか、と、今回のライブでは自分の内面ときちんと向かい合って臨む事が出来るようになっていました。
それは、私達の演奏に対して誠実に接してくれるお客さんのおかげでもあり、また、
信頼出来るメンバーのおかげでもあります。


今回は初めてドラムの佐々木俊之君を迎えて歌ったのですが、彼とピアノの竹内大輔君、ベースの池田暢夫君はトリオでよく一緒にやっている仲間という事もあり、阿吽の呼吸に私が乗っかるという具合でした。
以前は(いい意味での)お互いの自己主張のせめぎ合いでアグレッシブだったのが、
彼らも大人になってきたのでしょうか、演奏の中に各々が元来持っている思いやりや、遊び心、余裕を感じられて、こちらもリラックスできたり、興奮したり、一時間のステージの中でいろんなドラマが見られました。何よりも、みんながお互いを尊敬し合ってるって事が音に現れているんでしょうね。

なんだか、こんな人達に出会えた私は本当に幸せ者だな、、と、しみじみ感慨に耽っていたのですが、メンバーよりクレームもあり、
「出不精もたいがいにしてもっとライブやって下さい。」「年に一回じゃあと50回しかできませんよ。」「え?私、あと50年も生きるの?あと10年くらいでと思ってるんだけど。」「じゃ、あと10回じゃないですか、少ねぇ!」「すみません、そうだね、そう考えると少ないね。」「じゃ、月一で。」
という会話が飛び交い、よくよく考えてみれば、自分もあと何年元気で居るのかわかりませんが、この子達とどんな事ができるか試してみるのも面白いんじゃないか、とやっと気が付いたりして。

さらによくよく思い返してみれば、彼らにとってはたいした根拠は無かったのかもしれないけど、
歌う事に対してのスタミナが切れてしまって、もう止めようかなと思っていた私を引っ張ってくれる言葉をかけてくれたのはいつも彼らな訳で。
あれ?どこまで考えても世話になりっ放し。。。今回も佐々木とし君が酔っぱらって吐いた「一緒にライブやりましょうよ~。」という鶴の一声が私を動かした訳で。。。あああ、そうか、、。

こうやってライブの度に周りの人達に感謝する訳ですが、この気持ちを忘れないように大事にしていきたいと思います。

改めて、足を運んで下さった皆様、宣伝をしてくれた方々、バンドのメンバーに感謝します。
ありがとうございました。

なのに、ライブの写真が無く、ラーメン食ってるぶれぶれの写真であいすみません。

Image138.jpg

竹内大輔写真日記(こちらに写真があります。)
池田暢夫ブログ
佐々木俊之HP

貧乏人の子だくさん

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二年前、こたろーを拾ってきた息子。
「僕が絶対世話するから!」と泣きつかれ、しぶしぶ(でもないけど)飼い始めた。
予想通り、世話なんぞせず、私が猫好きという事もありこたろーの母親は私という事に自然となってしまい、結局はこたろーも息子に期待をしていない感は否めない。

二週間程前、
「僕が絶対世話をするから!」とせがまれ、しぶしぶ(今回は本気でしぶしぶ)金魚を飼う事にした。
絶対にお前が面倒を見ろ、という約束で。

今のところまだ二週間だけれど、水を換えたり餌をあげたり、甲斐甲斐しく世話をしている。
哀しいかな、まだ人影が近寄ると藻に隠れてしまうこいつらの世話を楽しそうにやっている。
今度は息子がこいつらのお兄さんになる事を祈りつつ、水槽の中を眺める私。

Image131.jpg

ヤツが悲しむといけないから、お前達、長生きしてね。




タクドナルドハンバーガー

勝手にそう呼んでいるだけですが、タクドナルド。
正式名称は確か、、「BRUTUS」。中野駅北口にあるハンバーガー屋さんです。

以前、レギュラーバンドで一緒にステージに上がっていたサックスのタクちゃん。
そのタクちゃんが作ってくれるハンバーガーを頬ばりながら、
「美味しい!!やっぱり、マ!ドナルドとはワケが違うね!すごいぞ、タクドナルド!」と言うと、
「当たり前やろ。」との事。
このお店、以前は別の人がやっていたらしいのだけれど、経営者が変わったのか?深い事情はよく知りませんが、最近になってこのメンバーになったそうです。

顔修正…

この写真、肝心のハンバーガーが殆ど写っていません。
申し訳ありません。
ハンバーガーを食べる為に昼飯を抜き中野に向かい、飢えた腹を抱えて店に飛び込んだ私。
ハンバーガーが差し出された瞬間手に取り、「いただきまーす。」と、貪り付いた。
3/1程食べた処でタクちゃんに、「あっ!お前!出来立てのハンバーガーの写真は撮らへんのかい!そんな食いかけのハンバーガーの写真、ブログに載せられへんやん!」と、心地いい関西弁で叱られたのだけれど、いかんせん飢えていたので目の前にあるご馳走にしか意識が向かず、写真とかすっかり忘れていました、と謝罪をして。

Image130.jpg

写真に耐え得るように小綺麗に齧って撮ってみましたが、
「おい、ウチのハンバーガー、ほんまはそんなに潰れてないぞ、印象悪いやんけ。」とまた叱られ。

口をですね、全開にしなくては噛み付けない程の厚さなんですよ、ほんとは。
ハンバーグは分厚く、ベーコンも分厚く、チーズにレタスにたまねぎにトマトも入っていて、
パンは外はカリカリ、中はしっとりの(ああ、表現がベタすぎて恥ずかしい。)、
おやつではなく立派に食事として考えられる味とボリュームです。

近頃コーラにまたハマっている私なので、頑にコーラを飲んでいると、
「酒もあるんやで。」と。
そういえば、タクちゃんの自他ともに認める宇宙一の男前っぷりに目をやられ、
全然気が付かなかったのだけれど、
カウンターには見覚えのあるお酒がずらり。
夜はバーにもなるそうで、(昼間でもお酒を注文出来ますが。)
しかし、あまりお酒に強くない私は、「コーラおかわり。」と、やはり頑なのでした。

ビールを飲みながら、駅のロータリーや電車の往来を眺めつつ、ハンバーガーを食べる、
まるでニューヨーカーの暮らしのような事に憧れたりもするのですが、ニューヨークに行った事が無いので、その行為が本当にニューヨーカーのようなのかどうか、私の勝手なイメージでしかなく本当の処は分らないし、今回は止めておきました。

長居してはいけないと思いつつも、二時間程お邪魔して、
最終的に「お前、残念な子。」という事で話も綺麗にまとまり、
久しぶりの再会にハートウォーミングで帰路についたのですが、
家に帰ると結婚祝いのお返しで、愛知県の老舗旅館のスキヤキセットが届いていました。
タクちゃんも愛知出身、スキヤキも愛知出身。

結果的に愛知に縁がある一日になったようです。

ずっとあなたに会いたかった。かった、かった、。

真面目な話をします。

昔、実家に居た頃の話。
トイレで用を済ませた後の父は、お風呂場のホースでお尻を流していました。
雨の日も風の日も、茹だった水の出る日も、切れる程冷たい水が出る日も。
父は常々、「人間、ケツはいっつも綺麗にせなあいかん。」と私達に話してくれました。
私達兄妹は、ホース片手に風呂場にしゃがみ込む父の後ろ姿を見て育ったと言っても過言ではありません。

母の話によると、母が高知に嫁いで来たばかりの頃は、厠は外にあり、トイレットペーパーなどという高級な物は無く、その頃は新聞紙もまだ特別な日にしか使えなかったと言う。
では、どうやって後処理をしていたかと言うと、
厠の横に二本の棒があり、そこに綱が渡されていて、その綱に股がり、スタート地点からゴールまで疾走するというアミューズメント性の高い、話を聞いているだけでちょっと気分が高揚するような後処理をしていたそうだ。
しかし冷静に深く考えてみると、父母に祖父母、4人分の綱があった訳でなく、一本の綱で全員、、、という、
一気に奈落の底に突き落とされる様な、母にしてみれば、「アミューズメントとか、、そんな乾いた話じゃないんだよ!」と、怒鳴りたくなる様な光景が日常的に繰り広げられていたのですが。

そんな長閑な時代を過ごし、敗戦から徐々に立ち直りつつあったこの国全体の暮らしも向上していく中で、高知の片田舎でも新聞紙くらいは日常的に使えるようになり、私が産まれた頃には村のほぼ全体がちり紙を手にする事ができ、さらにはトイレットペーパーのホルダーを設置し、と、やっと文明的な暮らしが出来るようになっていく最中、さらに文明の高みを見据えていた父は、風呂場に向かい、ホースを手にしたのでありましょう。
さすが、土佐のいごっそうです。

そんな向上心の高い父でありましたが、実家を新しく建てたと同時に、いよいよあちらにもウォシュレットが導入されました。
しかし、実家にはトイレが3箇所、そのうち、父が頑に愛用し続けているトイレは和式のプロトタイプ。
あれ?洋式トイレでウォシュレット使わないの?
お尻、手軽に綺麗にできるんだけど、使わないの?

哀しいかな、自ら時代を先取りしていたにも関わらず、年老いてしまった父は今更ホースを手放す事ができずに、相変わらず風呂場にしゃがみ込んでいます。

そんな哀しい話もありつつ、環境に順応し易い私は年に一度、実家に帰ると、その実力を堪能する訳ですが、さすが、マドンナがわざわざ来日した折りに購入した程の強者、コレ、最高です。大好きです、ウォシュレット。

実を言うと、一家に一台ウォシュレット、国民総ウォシュレットという時代になって来たにも関わらず、私の住む家には未だウォシュレットが付いていません。
厳密に言うと、「今日までは」付いていませんでした。くくく。

こんなに長い前置きを書いて、父を晒し者にしてまで結局何が言いたかったかと言うと、
明日、ウチのトイレにウォシュレット(新品、温風付き)がやって来ます。
いよっ、待ってました。
今更だけど、今更なのは分ってるけど、、、いよっ、ウォシュレット!

「りこが居なけりゃトイレを探せ」という格言がある程、トイレという空間が好きな私は、ここに来てやっとトイレを自分の縄張りの一部として認める事ができる訳です。

ああ、早く明日にならないかなぁ。


プロフィール

りこ

  • Author:りこ
  • 12月24日生 山羊座のO型 高知県四万十市出身
    趣味の登山の話や日々考えた事やあった事なんかを、等身大で書き留めていく感じでやっていきたいと思います。
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